2011年12月3日土曜日

夢の国2

カリブの海賊からみえるレストラン、ブルーバイユー。
いままで行ったことがなかったので、今回は行こうと決めて行った。
昔、カリブの海賊からみていて、あのレストランはセットだと思っていたので、実は普通に入れるレストランだと知った時は驚いた。

カリブの海賊の船が通るところがみえる、水際の席はプライオリティシーティングでないとなかなかとれないみたいだった。
「ここから先は夜となりますので、足元お気をつけ下さい」と言われて、入店。
ただ薄暗いレストランというだけじゃなくて、確かにカリブの海賊の部分は「夜」で、星が出て蛍が飛んでいる。船に乗っている時は気付かなかったけれど、月に群雲で満月が出ていた。
次から次へとお客さんを乗せた船が流れて行った。それをついついみてしまうが、よくできていて、目を凝らしても顔まではみえない。
向こう側からみたときもそうで、レストランのお客さんの顔はみえず、シルエットのような状態になっている。
レストランの部分だけがぼうっと明るく、船のところまでは明が届かないようになっているからで、これはアトラクションとしては、「あのあたたかな光と自分たちは違うところに来ているんだ」と感じさせてこれからの物語への導入という効果があると思う。
レストランからみていると、船に乗っているお客さんからみられているような気はしないものの、「あちらの物語に登場しているんだろうなぁ」という気分は味わえる。
そして流れて行く船を何艘もみながら、いったいみているのかみられているのか、という気持ちになる。
よく動物園では実は動物をみているのではなくて、動物側も人間をみているとか言うけれど、お互いに人間でどっちの側にもなることができるのはおもしろいと思う。

レストランに行く前にカリブの海賊にも乗ったんだけれど、わたしはパイレーツオブカリビアン仕様になってからつまらなくなったと感じている。
確かに、ずっと同じでマンネリ化するのもよくないのはわかるし、まぁどうせあれでしょ、と思って乗っているところもあるから、新しくなるのはそれなりにわくわくするんだけれども、
つまらなくなってしまってはなぁと思う。
わたしがパイレーツオブカリビアンをみていないのもあるかもしれないけど、ジャックに頼りすぎ感は否めないし、ジャックは海賊の中でも異質という前提があるから、登場人物の属性や物語が複雑になってしまっていて、それがちゃんと落とし込みきれてない感じがする。前のほうが全体として整合性が取れていたし、それでいてきちんと愉快で、海賊の怖い部分と陽気な暮らしを上手に描いてたと思う。当たり前のようにちゃんとおもしろくて、それ以上の興奮はないんだけど、終わったあと「あーおもしろかった」と普通に言えるような感じ。
とかなんとか言いながら、カリブの海賊にそんなに愛着はない。

もうわりとディズニーランドの乗り物は乗り尽くしているので、季節ものについ惹かれてしまったりする。
ホーンテッドマンションはそういう意味じゃものすごく上手くいっていると思う。
ジャック(…あ、こっちもジャックか。)がハロウィンとクリスマスを一緒にしようと考えた、という設定で、ハロウィンからクリスマスまでが同じセットなのだけど、お祭り感満点でナイトメアビフォアクリスマスをみていなくても楽しめる。(ちなみにわたしはこちらもみていない。)
ホーンテッドマンションもこの時ばかりはお化け屋敷のこわ〜い雰囲気ではなく、愉快でかわいい。
そういえばもう長いこと普通のほうに乗っていない気がする…。(実は昔、怖くて目が開けませんでした。)
「生きているならてきぱきと!」

怖いといえば、シンデレラ城で昔やってたドラゴン退治はもう復活しないのかな。わたしあれ好きだった。
小学生のころ友達と一緒に行って、怖くて手つないで歩いた記憶がある。普通に城内案内してたら…!みたいな趣向もよかったんだけどなぁ。
わざとらしいおにいさんおねえさんが大好きです。

そういやカヌーには二回しか乗ったことないけど、あれは無駄にテンション上げないといけないアトラクションで苦手。
うちにはカヌーに乗る文化はなかったけど、高校のときに一緒に行った生徒会長のうちでは必ず乗るらしかった。そんな家族の文化があったりなかったり。

東京ディズニーランドができたのはたしか1983年で、まだ28年しか経っていない。
物心のつく前から私はディズニーランドに行っていたし、ディズニーランドは既に確固としてあった。
しかし大人たちにとってはどういう存在なんだろうか。どういうものとしてみているんだろう。
まーでも、ものすごい好きな人もいるし。全然いかない人もいるし。好きな人、嫌いな人、興味のない人、いるだろうね。
住んでいる場所によってだいぶ感じかたは違うだろうなとも思う。
そう何度も何度も小さい頃から連れて行かれた、なんていうのは、そんなに一般的なことでもないよ、と一応自分に言っておく。
しかし、私のような子どもがいくらもいるだろうといういことも、頭に入れておく。幼少期から成育過程、現在までを通した体験に既になってしまっている。

昔話は紐解いたら長くなるから、また、いつかどこか、時がくるまで閉じておく。

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